瞑想

瞑想は頭の理屈ではわかりません 自分とただ向き合う時間

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瞑想もコースもりくつではありません

瞑想は、ほんとうに大切なことは日常をどう生きるかです。

それが座ったときに大きく関わってきます。

それは、いくら本を読んでもわかりません。

人知では不可知のことに向き合う試みですから、いっくら頭でかんがえたってわからないものはわかりません。

そこを超えようとするものですから。

だから、ただ座る。

 

瞑想の時間 20分くらいから始めよう

 

源(ソース)に向き合い、精霊に委ねるだけでいいんです。

雑念やいろいろなごちゃごちゃがどんどんでてきます。

それをやらせておきます。

それは浄化だからです。

少しずつ、マインドが落ち着いてきます。

たいがいは、ここでやめてしまうから、おちついたあ~、すっきりしたあ~で終わってしまうんです。

さらに座っていると、雑念がどんどん小さくなってきて、シーンという状態になります。

意識だけになります。

ほんとうは、ここからが瞑想の始まりなんです。

それまでは、ここに至るためのテクニックでしかない。

それは自分で実践してつかむしかないんです。

 

瞑想会の意味は、ただひとつ。

一人ではないと言うことです。

エネルギーやスピリットが、瞑想的な空気を感じ、深くなりやすいからです。

そして、瞑想のよいエネルギーが波動となって共鳴します。

もちろん、ヒマラヤの聖者や真のグルとともに座るのが理想的ですが、ヒマラヤにはなかなかいけないし、グルと出会うことは今生ではまれです。

 

初心者がいきなり長い瞑想を毎日するのは勧められません。

心やエネルギーのバランスが崩れてしまったりするからです。

20分とか30分位毎日座るところから始めるべきですが、ときどき、長い瞑想をするべきです。

一度長い瞑想をすると、とてもステップアップになります。

長く座るのは辛いとか、きついとか思う人もいると思いますが、やってみるとそんなことはなく、瞑想から離れたくない、ずっとこの状態でいたいと思うものです。

それは毎日の瞑想を、少し深くしてくれます。

そして少しずつ、毎日の瞑想の時間を長くしていけばいいんです。

 

どのくらい座ればいいか、どんな瞑想をすればいいか。

 

それは自分で、なんとなくわかるものなんです。

試行錯誤しながらすこしずつレベルアップしていけばいいんです。

ほんとうは、1000人いれば、1000通りの道があります。

本や代表的な瞑想は、とても参考にはなりますが、あくまで参考なのです。

ブッダの道が必ずしもその人に会わない場合もあります。

瞑想の時間をとりわけ作り、長く座った方がいい人もいれば、そんなに長く座らないで、するべきことをした方がいい人もいます。

そういうことも、瞑想でホーリースピリットがなんとなく教えてくれるんです。

愛を思いだす、延長することはとても大切です。

だけどその前に、自分自身をどこまでも見つけ、人生ときちんと向き合い、目を背けていたものと向き合うところから、まず始めるんです。

どんな瞑想がどうとか、そんなの大きな問題ではないんです。

何の瞑想をしようが、ある程度のレベルになると、同じ状態になるんです。

ヴィパッサナであろうと、禅であろうと、超越でもフルフィルメントでも、サグナ ニルグナ瞑想でも、ある状態になるための方法論です。

それを頭だけで考え、科学的なことや表面の効果ばかり期待するから進歩が遅くなるんです。

 

瞑想とは温かいものであり、人間くさいものです。

弱い自分と向き合うんです。

なんの瞑想がどうとか、頭の理屈でどうとかのレベルを超えるべきです。

この宇宙はマーヤで輪廻から解き放たれるために、本来はするのが瞑想なので、単なる自己啓発や能力開発、ストレス解消などという小さなものではありません。

 

自分と向き合うことが瞑想

 

ヨーガのセッションを10年くらいしてきて、頭に偏っている人が一定数います。

知識ばかりを求める人より、ひとつの教えを、じっくり実践して知識を心に溶け込ませ、共感し、感動して、ひたすら実践する人は進歩が早いです。

あるレベルに達した人は理屈は言いません。

自分の中の平安、愛、寛容さ、強さと向き合うことが瞑想です。

その途上でカルマやストレスがどんどんとれていきます。

今必要なものを、瞑想は与えてくれますから、疲れている人は眠くなるし、自分を愛することを忙しさでおろそかにしちゃっている人は、自分が愛しくなります。

 

まずそこまでなるには、時間が必要です。

だからひたすら座るんです。

道元が只管打坐といったのはさすがだと思います。

その途上で、多少のアドバイスはできると思います。

そして、瞑想とは感覚的なものです。

 

ヨーガ、瞑想を実践している人は奇跡のコースを学ぶことをおすすめします

 

ある人はコースを、「キリスト教のヴェーダンダだ」といいました。

ヨーガの哲学はヴェーダンダを基本にしています。

ヴェーダンダを体系的に学ぶ機会はあまりないのと、ヴェーダンダは実はとても難解です。

多く人はヨーガの聖者が書いた本から断片的に学んでいると思います。

コースはヴェーダそのものです。

しかし、奇跡のコースも、これもまた少し難しいんですね(笑)。

とくに赦しについてと精霊についてと、この世界は幻想であると言うことを理解できていない場合が多いです。

そして具体的に、日常にどう生かせばいいのか。

天国とはなにか。。。

 

難しいんですけど、頭で理解しようとしなくていいんです。

ただ読めばいい。

潜在意識に入ってきますし、(おそらく)そういう書き方になっています。

頭(左脳)で理解しようとしないで、スピリット(魂)、知性で感じるままに読めばいい。

わからなくても、読み続ければいいのだと感じます。。。

 

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