カルマヨーガ

瞑想できないときは奉仕すればいい

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瞑想がうまくいかない。

さぼってしまう。

効果がでないし、よくわかならい。

そういうときはちょっと休んで、奉仕をすればいいです。

 

 

奉仕はカルマ・ヨーガの道

 

ヨーガを学んでいる人の多くは、ストイックになる時期があります。

一生懸命やるのはよいことですが、瞑想やアサナなど”自分を高めること”に偏りがちです。

ヨーガとはユジュというサンスクリット語が語源で、”つながる”という意味があります。

神(天)と繋がるということですね。

言い換えると”悟り”とか”解脱”ともいいます。

そこまで大上段にふりかぶらなくても、自分を高めようと瞑想やアサナを頑張ろうとします。

 

もちろん瞑想やアサナ、食事、生活を整えるのはとても大切なことですが、神に繋がる道はそれだけではありません。

 

奉仕の道(カルマ・ヨーガ)があります。

 

ヨーガの聖者は奉仕をすすめている

 

多くの聖者が奉仕することの大切さを伝えています。

 

スワミ・シバナンダ

 

 

スワミ・シバナンダの有名な言葉は、

奉仕しなさい 愛しなさい 与えなさい 浄化しなさい 瞑想しなさい 目覚めなさい。。。

スワミ・シバナンダは弟子により指導のスタイルを変えていました。

ある弟子にはひたすら瞑想することをすすめ、別の弟子には街にでて奉仕することを教えました。

その人のカルマや性質は人それぞれで、どのレベルにいるか、今なにをすればいいかを知っていて、そうしたんですね。

 

中村天風

 

中村天風は瞑想ばかりしたがる弟子に、瞑想はほどほどでいいとし、「お前にはほかにやることがある。自分のすべきことをしなさい」と伝えたそうです。

 

マハトマ・ガンジー

 

ガンジーのインドのアシュラムでは不可触民(カーストのさらに下とされる人たち)の人たちのトイレ掃除やお世話をするために、世界から人々がやってきます。

 

ヨグマタジ

 

以前、ヨグマタジに弟子入りしたある生徒さんに聞きましたが、瞑想は30分くらいでいいと伝えていたそうです。

(おそらく相手によると思われる)

 

ほかにも多くの聖者が愛、奉仕について伝えています。

 

なぜ奉仕をするのか

 

ではなぜ奉仕をするのか。

 

奉仕は愛の表現だから

 

奉仕は愛の表現です。

神とは愛です。

 

奉仕は神が望んでいることだから

 

人と人が助け合うこと、宇宙や社会にできることを望んですることは宇宙の摂理で天が求めていることです。

 

奉仕は霊性を高めるから

 

結局、奉仕は霊性を高めます。

自分自身を高めることだけが、修行ではないんですね。

 

*瞑想やアサナもとても必要で、否定しているのではありません。

瞑想は愛の波動を高めることでもあり、愛の波動を延長する行為だから奉仕そのものとも言えます。

 

いろいろな奉仕のやり方

 

ボランティアや社会貢献活動だけが奉仕の道ではありません。

例えば被災地にボランティアに行けなくても、

祈り、よい嗜好、愛で生きる、今に気づいて生きる、神に委ねて生きるなど、できることを少しずつすればいいのです。

 

奉仕で瞑想もステップアップできる(と思う)

 

自分の場合、うつになるくらい、瞑想できない自分を責めちゃったときもありました。

瞑想は少しにして、宇宙に委ねてできることをすることで、マインドが平安を取り戻し、結果瞑想が少し深くなりました。

 

ブッダはブッダのやり方、イエスはイエスの方法論があります。

1000人いれば、1000通りの道があります。

人はそれぞれ違うんです。

 

適切な指導者が現れるまで、自分で試行錯誤しながら学んでいくしかありません。

インドのことわざにあります。

準備ができたときグル(先生)は現れる。

 

瞑想で行き詰まったり、なんとなくしっくりこないとき、瞑想の時間を短くして、カルマ・ヨーガの道を歩いてみるのもいいかもしれません。

だけど、瞑想も、諦めずに少しずつでも続けましょう。

 

みんな がんばれ^^

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